女はセックスなしで生きていけないというのはどうやら本当のようだ。
男はそんなことはない。
関西出身の学友は一生セックスなしでいいと言う。
「精子出したいんやったら、マスかいて出せばええやんけ。それでおしまいや」
僕はセックスが好きだし女なしでは生きていけないが、彼の言い分にも一理ある。
たまったものを出したらとりあえずはスッキリするからね。
いかにも合理的な秀才の理屈。
彼は大学を出たら海外に行って国際的な建築家になることを夢見ている。
女なんか二の次三の次。
「男は仕事や」
と言い切ってジョッキのビールを傾ける。
「女はどうだろう。女も同じかな」
「同じや。したくなったらオモチャ突っ込めばええのや」
セックスはしょせん快楽を得るための行為。
セックスしなくても、他に代替手段があればそれで十分。
男は出せばいいし、女は突っ込めばいい。
でも、人妻のゆり子さん(三十歳)と知り合ってから、この考えが間違いであることを知った。
女がセックスをする動機は男と微妙に違う。
男と女を同じレベルで考えるのは女に失礼だし、気の毒だ。
彼女欲しさで出会い系に登録して三か月。
最初に付き合った女子大生とは性格が合わなくて自然消滅。最近ようやく二人目の彼女ができた。
ゆり子さんは人妻だけど、性格も合いそうだし、たくさんセックスさせてくれそうだから付き合いだした。
ゆり子さんは大崎市に住んでいる。
僕に会うときは子供を託児所に預けるが、遠出はできないので僕が新幹線で会いに行く。
仙台駅から古川駅までものの十二分だから問題ない。
ゆり子さんが出会い系に来た理由ははっきりしないが、出産後セックスレスになった身の上話から推察すると、欲求不満解消だろう。
子育てでストレスがかかる上にセックスレスとなれば欲求不満も倍増する。
一人エッチで満たそうにも、家族がいる狭い空間ではディルドやバイブも使いにくい。そうなると性処理を外に求めるしかない。
出会った頃の会話。
「出会い系に来てよかったわ。君のような男性で出会えて」
「僕のどこがいいんですか」
「優しそうなところ。寂しさを癒してくれそう」
ゆり子さんは両肘をテーブルについて細い手を組むと、その上に顔を乗せて僕をじっと視る。
瞳がうるんでいる。
「私のことは? 私のことをどう思ってる?」
―セックスさせてくれたらそれでいい―
これが本音だけど、会った矢先からそんな失礼なことは言えない。
とりあえず彼女の気持ちをつなぎとめる言葉を探す。
「好きですよ」
「ありがとう」
口を覆って嬉しそうにほくそ笑む。
「もう一度言って」
「ゆり子さんが好きです」
「ありがと」
唇をすぼめてうつむく。
古川駅を出たところが待ち合わせ場所だけど、タクシー乗り場でもバス停でもない中途半端な場所で立っている彼女を見ると、ナンパ待ちしているように見える。
ファッションも若作りだし、目を引く。
遠くから目配せして、ホテルの方向に歩きだす。
お互い事情は違うものの、セックスしたい盛り。
ベッドインしたら獣のように抱き合う。
僕はゆり子さんの染めたような綺麗な乳首が好きで、何十分も舐める。
毛の薄い局部も舐めやすく、舌だけでイカセせられる。
「ああぁぁンッ! イっくううう」
ラブホテルというセックスが許された空間であるにせよ、昼間からこんな声を上げる。
人妻の性欲はすごい。
これはオナニーでは満たせないかもしれない。
「もっと抱いて。寂しいわ」
ゆり子さんはときどき「寂しい」という言葉を口にする。
そして会うたびに僕に愛情確認をする。
「私のこと好き?」
「好きだよ」
「もっと言って。君に好きだって言われたら寂しさが消えるから」
女性は何を求めてセックスするのだろう。
ゆり子さんと付き合っていくうちに、そう考えるようになった。
性的な刺激を受けて快感を得るためか?
アクメに達するためか?
そんな単純なものじゃないように思える。
とくにゆり子さんのセックスはそうだ。絶頂に達しなくても満足していそうだし、絶頂を得ても僕がつれなく離れると「寂しい」と拗ねる。
女性は寂しさを埋めるためにセックスをするのではないか。
体を満たすことより心を満たすこと。
愛されていることを実感すること。
これが女性のセックスではないか。
だとしたら女はセックスなしでは生きていけない。
工学部の関西弁が言ったように「オモチャ突っ込めばええのや」はありえない。
男と女は違う。
人妻のゆり子さんがそう教えてくれた。
「夫が東京に転勤になるの」
と別れを告げられたのは三日前のことだ。
単身赴任でなく、一緒について行くらしい。
「卒業したら東京で就職してね。そしたら会えるでしょう」
「僕は地元で教師になるつもりです」
「そう。寂しいけどしかたないわね」
ゆり子さん、東京でどんな暮らしをするのだろう。
また出会い系で相手を探すのだろうか。
寂しさを癒すために。