春になると女が恋しくなるのは、人間も自然の中の生物であることの証だろうか。
新緑が光る春。
花開く春。
恋が芽吹く季節だ。
だが僕には彼女はいないしできるできる見込みもない。
それに大学卒業したはいいけれど就職に失敗し、就職浪人という惨めな立場にある。
彼女を作るなど今の身の上では贅沢はなはだしい。
「こっちに戻ってこい。仕事くらい世話してやる」
と父が言う。実家は愛媛県の今治市。
ゴールデンウィーク中には実家に戻る予定。
恋は当分お預けだ。
でも一人でいると悶々としてくる。
街を歩けばOLや女子大生にときめく。
揺れる乳や、むっちりしたお尻にムラムラする。
春に孤独はやりきれないね。
区役所の帰りに公園で昼食のパンを食べる。
子どもを遊ばせている人妻がいた。長くて綺麗な髪が春風にそよぐ。
子どもに話しかける目がきらきらしていて、口元が優しい。
人妻っていいな、と思う。
あんな人妻と関係したら気持ちいいだろうな。
ペニスが少し大きくなる。
目が合ったのであわててそらす。
ああ、つらい。
アパートに戻ったら、パソコンで人妻をキーワードに検索した。
出会い系で人妻と遊ぶ男が多いらしい。
出会い系サイトの存在は聞いたことはあるが登録したことがない。
こんな記事もあった。
「出会い系で人妻と会える方法を教えます」
これを読んで人妻の存在がぐっと身近になった気がする。
昼間の公園の人妻を思い出す。
出会い系であんなキュートな人妻に会えたらどんなに素敵だろう。
ムラムラとした気分が高まり、ほとんど衝動的に某出会い系サイトに登録した。
登録しておけば今治に戻ってからでも相手を探せる。
ゴールデンウィークまでなら都内で会うことも可能だ。
ターゲットは人妻。
なぜか知らないが、そのときの僕は人妻のとりこになっていた。
色白で目が大きな人妻を見つけた。
杉並区在住の三十二歳。男友達募集と書いてある。
「人妻ですからそのへんよろしくね。エッチはできないかもね~。ゲンソク的に」
顔文字だらけで何が言いたいのかよくわからないプロフィールだったけど、都内で僕の近所に住んでいる人妻といったら彼女しかいない。
僕はネットで見た「人妻と会える方法」を実践してみることにした。
ポイントは、人妻の特性に合わせた提案をすることらしい。
人妻の多くはお喋り好きで、夫や姑の愚痴を聞いてくれる相手を探している。
休日は家族が在宅なので、自由になれる時間は平日のみだ。
「人の愚痴を聞くことが好きです。奥様の愚痴、全部僕にさらけ出してください」
「就職浪人なので常に平日休みです。奥様のご希望の時間に会えます」
こんな風にマメに書きこみ、彼女にアタックした。
二日ほどで返事が来た。
「年下の男友達。可愛いわ。ぜひ会いましょう」
やったぜ。
僕は飛び上がって喜んだ。
やってみるもんだね!
まさか人妻に会えるとは!
さて会うとなったら次のポイントを考慮する必要がある。
待ち合わせ場所はなるべく個室か、それに近い空間で会うこと。
人妻は周囲の目を気にする。
近所の奥様や知人がいつ何時目の前に出現するかわからず、なるべく人目を避けられる場所がいい。
ただし最初からラブホテルを提案するのはご法度。
都内のカフェにはパーティや会議で使える個室を用意している店が多い。
僕は道玄坂の某カフェを選んだ。
そして当日。
彼女はちゃんと来てくれた。
春っぽい爽やかなワンピース。ヨーロピアンでおしゃれな日傘。
写真とほぼ同じ顔だった。
ヒールのせいか身長も僕とほぼ同じでスタイル抜群。
「こんにちは・・・え? 個室なの? 嬉しいわ」
緊張して何も言えなくなる。
しっかりしろと自分を鼓舞。
「毎日お暇なんですか」
「え? ええ、まあ。暇は暇ですけど、忙しいといえば忙しいかな」
―しまった。会話するときのポイントを失念していた。人妻の私生活に干渉しないこと―
それからあたりさわりのない世間話をして、場の空気が和むと、こう言った。
「さあ愚痴をどうぞ」
「え?」
白けムードが漂った。
愚痴というのは会話の途中で自然にこぼれてくるものあって、いきなり愚痴をどうぞと言われても無理だ。
自分の話術の下手さに辟易する。
「就職できそう?」
ケーキをゆっくりと口に運ぶ彼女。
「ゴールデンウィークに実家の今治に帰ります」
「へえ・・・じゃあ引っ越すんだ。東京から離れるのね」
これが致命的だった。
貴女とはもうすぐお別れですと宣言しているようなものだ。
それから会話のトーンは一気に終結に向かい、お別れタイムになった。
「じゃあ体に気を付けて頑張ってね」
なんて言われた。
結果として失敗した出会いだったけど、いい感触はあった。
とりあえず会うところまでは行けたんだもんな。
あとはどうやって仲良くなるか、そこは腕しだいだ。
今治に帰ったら必ず現地の人妻を攻略してみせる。
そう意気込む僕だった。
いったい何をしに今治に戻るのかよくわからないが。